The NewYorkTimesに、Steve Jobs氏の実の妹で、作家のモナ・シンプソンさんによる手記「A Sister’s Eulogy for Steve Jobs」が3ページに渡って掲載されています。

兄Steve Jobs氏と再会した日から、Steve Jobs氏が亡くなった時までについてを「彼の暮らしぶり」「彼の病気」「彼が亡くなる」の3つに分けて、愛情豊かに綴られています。

シンプソンさんによれば、Steve Jobs氏は、ギミックやトレンドを支持せず、自分のものを熟成する人々が好きで、彼の美学とは「ファッション」のように今は輝いていてもいずれは廃れるものではなく「アート」のように今は評価されなくても、後に評価されるような価値のもので有り続けることを望んでいたそうです。


若くして大富豪となった兄は、皮肉っぽくなく、決して冷笑的でも悲観的でもなかったとし、誤解を生みやすいだけだったように思うと説明し、兄は大富豪となっていたが、いつもシンプソンさんをジーンズ姿で自ら空港まで迎えにきてくれていて、Lisa Nicole Brennan-Jobsのボーイフレンドや、娘Erin Siena Jobsの旅行、末娘Eve Jobsのスカートの丈を気にしていて、長男Reed Paul Jobsの卒業パーティーで、Steve Jobs氏とゆっくりとダンスを踊っていたシーンは忘れることが出来ない思い出だと語っています。

また、Reed Paul Jobsがハロウィン毎に魔女の仮装をするといって譲らなかったとき、Steve Jobs氏、Erin Siena Jobs、Eve Jobsはウィッカになっていたそうです。

また、大富豪になって住んでいた家のキッチンを改造した時、それは何年もかかったので、家族はガレージでホットプレートで料理していたし、洗面所は古いままだったが、決して自らの成功を楽しまなかったわけではなく、パロアルトの自転車ショップに言って、とても気に入った自転車を手に入れた時、大喜びで、どれほどこの自転車が好きかについてずっと話していたそうです。

兄Steve Jobs氏は「彼はパリを歩くのが好きだった」「京都で小さな手製のそばを食べるのが好きだった」「彼はスキーを楽しんだ」彼にはそれ以上必要ではなかったと結んでいます。

肝臓移植の後のSteve Jobs氏の闘病生活は大変な状況だったようで、そんな中でもiPadを使って、新しい流体モニターとX線装置を設計し、スケッチしていたそうです。

そしてSteve Jobs氏が最後に発した言葉は「OH WOW. OH WOW. OH WOW.」だったと紹介して文章は終わっています。


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